11月13日土曜日。朝から雨。台北萬華区の台北慶和館副団長・王慶鐘(阿鐘:アツォン)の自宅の窓外に屋根からしずくが落ちる。今回、慶和館は僕のために、アツォンの自宅の一室を用意してくれた。ほとんどベッドで一杯になる小部屋には、机とネットケーブルが準備されていて、僕に対する心遣いが嬉しい。
今日は飯田市出身の酒井美佳さんと台湾在住の慶和館メンバーの張景皇君との台湾での結婚式だ。
張君=バラアの親父さんは五福村の村長で、今、まさに村長選の真っ最中。70年前の古式に則った由緒ある結婚式は、バラアが馬に乗って、美佳さんを迎えに行き、迎えられた美佳さんは御輿に乗ってバラアの家へ嫁ぐというもの。街中を50人を越える行列で花嫁道中だ。
今回は、日本人が台湾の古式結婚式で結婚するという珍しいケースということもあり街中の話題らしい。
僕と御花泉の七瀬は、日本人として美佳さんの御輿を桶胴太鼓とチャッパで先導する役。
かなりの長い道のりであろう中、朝からの雨は思いやられた。朝、8時に慶和館を出発、五股五福村の公民館へ。到着するとすでにたくさんの人たちが集まっていて、花嫁道中の準備が始まっていた。
(つづく)
2010/11/14
2010/11/13
2010年11月、再び台北慶和館とともに・・・。
10月30日、31日の第13回全国獅子舞フェスティバルin飯田に台北慶和館が参加。命がけの空中に舞う獅子と愛嬌のある北京獅子、おはこの広東獅子で絶大な人気を誇って10月28日来国、11月5日に帰国。良&御花泉もフェスティバルにはしっかり演奏で参加させていただいていたので、慶和館サポートは怒涛の日々。御花泉メンバーが力を合わせてのサポートの取り組みは、目を見張るものがありました。
彼らが帰国後、その合間もつかの間、5日から御花泉の七瀬が、12日から僕が台北の地で催される、慶和館メンバーと飯田の女性との結婚式に参加すべく、台湾へやってきています。
セントレアから国際桃園空港へ到着。明日の花婿である張君自身が迎えに来てくれました。いつもは、台北慶和館の芸術総監・王 慶齢(ウォン チンリン=アリン)が迎えに来てくれるので、張君に「慶和館は演奏かい?」と聞くとそうだと答えました。
空港から台北中心市街まで60分ほどかかったでしょうか、とある、大変トラディッショナルなホテルで慶和館の副団長王 慶鐘(ウォン チンツォン=アツォン)とアリンが、僕らの車を待っていました。
彼らとは、2005年に台北で出会って以来の付き合いで、もう、台湾訪問は10回を超えています。
その間、数々の忘れられない思い出の演奏を共にして来ました。
およそ決まってそうなのですが、スケジュールというものがいつも見えません。
僕が乗っている車にアリンが乗り込むと、アリンの指示を受けて車は、地下の搬入口へ。
アリン「良さん、龍の太鼓大丈夫?」
龍の太鼓とは彼らの曲の「龍」の大太鼓一人打ちのことです。それを僕に打ってもらいたいらしい・・・
良「大丈夫だと思うけれど、明日演奏するのかい?」
アリン「フフフ、今日、今これからね」
良「ええっ~?」
なんて、いつものことなのです。
それも、30分後に演奏~おぉ~!
台北中のお医者様が集合している式典で、馬 英九首相も先ほど来たんだとか。
楽屋に着くと、台北慶和館のメンバーでごった返していました。今はすっかりメンバーに溶け込んでいる慶和館の衣装に身を固めた七瀬に合流。「おつかれさまです!」
慶和館のメンバーの半分は、王一族の子どもたち。今日は、いちばん小さいセンホン(3歳)も獅子舞で出演らしく・・・。団長をはじめとして、みんな、変わらぬ笑顔で迎えてくれました。
手際良く着替えると、すぐに舞台裏へ。リズムを思い出すのがやっとという状況。
アナウンスでは、日本一の日本人太鼓打ち、塩原 良さんが来てくれました的なことがとても乗りのいい調子で紹介されています。300人ほど集まっているパーティー席のステージに促されて、まず、僕の笑顔で観客にあいさつ・・・すごい反応です。
すぐに、「龍」が始まりました。
僕が演奏するきっかけもわからないままに、メンバーの目線の合図を受けて、大太鼓下拍子から大太鼓メインへ。
最後は決まったフレーズを合わせて打ち止め。一間あって、すごい拍手です。
舞台上で、その会の代表者から、なぜか僕が出演料を受け取る役に。
良「ダージャーハオ!シェーシェー!」
・・・飛行機に乗っているときは思いもよらぬ台北初日でした。
彼らが帰国後、その合間もつかの間、5日から御花泉の七瀬が、12日から僕が台北の地で催される、慶和館メンバーと飯田の女性との結婚式に参加すべく、台湾へやってきています。
セントレアから国際桃園空港へ到着。明日の花婿である張君自身が迎えに来てくれました。いつもは、台北慶和館の芸術総監・王 慶齢(ウォン チンリン=アリン)が迎えに来てくれるので、張君に「慶和館は演奏かい?」と聞くとそうだと答えました。
空港から台北中心市街まで60分ほどかかったでしょうか、とある、大変トラディッショナルなホテルで慶和館の副団長王 慶鐘(ウォン チンツォン=アツォン)とアリンが、僕らの車を待っていました。
彼らとは、2005年に台北で出会って以来の付き合いで、もう、台湾訪問は10回を超えています。
その間、数々の忘れられない思い出の演奏を共にして来ました。
およそ決まってそうなのですが、スケジュールというものがいつも見えません。
僕が乗っている車にアリンが乗り込むと、アリンの指示を受けて車は、地下の搬入口へ。
アリン「良さん、龍の太鼓大丈夫?」
龍の太鼓とは彼らの曲の「龍」の大太鼓一人打ちのことです。それを僕に打ってもらいたいらしい・・・
良「大丈夫だと思うけれど、明日演奏するのかい?」
アリン「フフフ、今日、今これからね」
良「ええっ~?」
なんて、いつものことなのです。
それも、30分後に演奏~おぉ~!
台北中のお医者様が集合している式典で、馬 英九首相も先ほど来たんだとか。
楽屋に着くと、台北慶和館のメンバーでごった返していました。今はすっかりメンバーに溶け込んでいる慶和館の衣装に身を固めた七瀬に合流。「おつかれさまです!」
慶和館のメンバーの半分は、王一族の子どもたち。今日は、いちばん小さいセンホン(3歳)も獅子舞で出演らしく・・・。団長をはじめとして、みんな、変わらぬ笑顔で迎えてくれました。
手際良く着替えると、すぐに舞台裏へ。リズムを思い出すのがやっとという状況。
アナウンスでは、日本一の日本人太鼓打ち、塩原 良さんが来てくれました的なことがとても乗りのいい調子で紹介されています。300人ほど集まっているパーティー席のステージに促されて、まず、僕の笑顔で観客にあいさつ・・・すごい反応です。
すぐに、「龍」が始まりました。
僕が演奏するきっかけもわからないままに、メンバーの目線の合図を受けて、大太鼓下拍子から大太鼓メインへ。
最後は決まったフレーズを合わせて打ち止め。一間あって、すごい拍手です。
舞台上で、その会の代表者から、なぜか僕が出演料を受け取る役に。
良「ダージャーハオ!シェーシェー!」
・・・飛行機に乗っているときは思いもよらぬ台北初日でした。
2010/10/17
塩原 廉くんの信号の絵が辰野美術館に。
山下清展と同時開催していた、創造の王国 解き放たれた表現展で、廉くんの信号の絵が県内の養護学校から選抜されて明日まで辰野美術館に展示されてます。僕は昨日観に行きましたが、信号 塩原 廉と書かれた白いタグを見たとたん、涙がこぼれそうになりました。
きっとたくさん飾ってあるにちがいないと思って行ってみると、案外に展示数は少なく、そこに廉の絵が作品と扱われて展示されていました。いつも見慣れている廉くんの信号の絵。作品として展示されていることがとても嬉しかったのです。
廉くんにとっても素敵な出来事だなとつい、涙ぐんでしまいました。
今度、息子と一緒に絵を書いて見たくなりました。
きっとたくさん飾ってあるにちがいないと思って行ってみると、案外に展示数は少なく、そこに廉の絵が作品と扱われて展示されていました。いつも見慣れている廉くんの信号の絵。作品として展示されていることがとても嬉しかったのです。
廉くんにとっても素敵な出来事だなとつい、涙ぐんでしまいました。
今度、息子と一緒に絵を書いて見たくなりました。
2010/09/22
アースディ南信州2010ファイナルシーン担ぎ桶胴太鼓と大太鼓演奏
環境をいかに守りつつふるさとで暮らすか、「愛せよ故郷」をキャッチフレーズにしたアースディ南信州2010。今年も参加しました。
フィナーレの大太鼓と桶胴太鼓のアンサンブルがんばりました!写真は小豆島から参加したシンガーソングライター勝詩さんのステージ。
フィナーレの大太鼓と桶胴太鼓のアンサンブルがんばりました!写真は小豆島から参加したシンガーソングライター勝詩さんのステージ。
2010/09/19
TAO岐阜公演を観た。
和太鼓エンターテイメントの名にふさわしいステージだった。観客も満足していたよう。
彼らのオリジナリティは旋律と巧みな間に合わせた声、アジアの芸能を思わせる絶妙な停止だろう。
後は流行を逃さず取り入れる感、おもしろいと思えるものを積極的に取り入れるチームの色だろうか?
伝統をまもるという主義は、貧欲にエンターテイメントを追求する姿からも今後は生まれるかもしれないことを予感させられた。
しいて言えば、芸能としての深さの追求はこれからかもしれない。
楽しいだけでなく本物のエンターテイメントを追求してくれそうなグループ誕生に拍手。
彼らのオリジナリティは旋律と巧みな間に合わせた声、アジアの芸能を思わせる絶妙な停止だろう。
後は流行を逃さず取り入れる感、おもしろいと思えるものを積極的に取り入れるチームの色だろうか?
伝統をまもるという主義は、貧欲にエンターテイメントを追求する姿からも今後は生まれるかもしれないことを予感させられた。
しいて言えば、芸能としての深さの追求はこれからかもしれない。
楽しいだけでなく本物のエンターテイメントを追求してくれそうなグループ誕生に拍手。
2010/09/18
9月22日〜24日、塩原和太鼓コンクワークショップ博多開催!
11年ぶりの福岡博多。11年ぶりのいくつもの再会。ステージもワークショップも当日はパーツであって、そこに至るまでの時間から始まっている。今回は、13年前に僕と田楽座の旅立ち公演を実行してくれた人たちが再び尽力をつくして成り立った。また初めて出会う人たちもたくさんいる。吟遊打人は本当にツいている男だ。ツキは出会いの連続から生まれるらしい。奇跡の3日間はこのブログから博多のNさんが奮起してくれ呼びかけてくれたところから始まった。
僕としては博多再び…というよりは新たなる博多というイメージだ。
魂を込めて打ち込みたい。あっと言う間の3日間に違いないけどコンクな時間を刻みたい。博多のみなさん、本当にありがとう〜。
僕としては博多再び…というよりは新たなる博多というイメージだ。
魂を込めて打ち込みたい。あっと言う間の3日間に違いないけどコンクな時間を刻みたい。博多のみなさん、本当にありがとう〜。
予感
おまえは甘い、もっと現実を知れ、軽はずみな行動をつつしめ…色々言われながらもいつも予感は成功一色。
人並みはずれた体力が重ねる年齢の中にもかろうじて残っているのは成功の予感があるからだ。
遠回りでも足踏みでも不真面目でもかまわない。いつも予感は成功のみ。
成功したいのではない、その時には成功しているのだ。
母の回復力は体力だけでなく気力も大きいとか…医師だけの判断で母の行く末が決まるわけでないことを忘れるな。
人並みはずれた体力が重ねる年齢の中にもかろうじて残っているのは成功の予感があるからだ。
遠回りでも足踏みでも不真面目でもかまわない。いつも予感は成功のみ。
成功したいのではない、その時には成功しているのだ。
母の回復力は体力だけでなく気力も大きいとか…医師だけの判断で母の行く末が決まるわけでないことを忘れるな。
2010/08/14
昼神温泉 石苔亭 いしだ 紫辰殿の宴
昼神温泉夏祭りは土砂降りで中止。10日〜16日まで毎晩19時30分から30分間の演奏だが今日までで3回の中止となった。太鼓打ちを殺すのに刃物はいらない…今日は定期的に演奏している能舞台ソロ公演「紫辰殿の宴」でもあったので、鏡の間に控える。
午後に朗報があった。元御花泉で今は太鼓のフリーとなった久高徹也君ことハブ君が、昨日の岡谷太鼓まつり大太鼓コンテストで、見事準優勝を果たしたと。
今日も大太鼓に向かって自分に磨きをかけるハブ君本人がそう僕に挨拶してくれた。
彼は必ずいつの日か東京国際で最優秀賞を獲得する品格を、己の生き方から身につけるに違いない。
太鼓は習うものではなくこしらえるものであることにやはり変わりはないから。
午後に朗報があった。元御花泉で今は太鼓のフリーとなった久高徹也君ことハブ君が、昨日の岡谷太鼓まつり大太鼓コンテストで、見事準優勝を果たしたと。
今日も大太鼓に向かって自分に磨きをかけるハブ君本人がそう僕に挨拶してくれた。
彼は必ずいつの日か東京国際で最優秀賞を獲得する品格を、己の生き方から身につけるに違いない。
太鼓は習うものではなくこしらえるものであることにやはり変わりはないから。
とにかく、寝食を忘れて徹底的にやる者には何事もかなわない。
僕も、初心貫徹のみだ。
控える能舞台。今夜も魂を込める。
2010/08/12
おふくろ転院再び…
あんなに来たがっていた信州にやっと来れる。半身不随になりながら…入院と言う形だけど。
おふくろの人生の結末を、この俺が握っているというのか。
親父の呪縛から解かれるおふくろは果たして淋しいだろうな…
おふくろの人生の結末を、この俺が握っているというのか。
親父の呪縛から解かれるおふくろは果たして淋しいだろうな…
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